京友禅「美しい伝統を未来に生かすために」 | 京都タウンストーリー | 【公式】 ジ・アーバネックス京都シリーズ

京友禅「美しい伝統を未来に残すために」

現在、京都で販売しているマンション「ジ・アーバネックス京都河原町プレイズ」と「ジ・アーバネックス京都東山」は、京都だからこそ受け継がれてきた、伝統と格式を大切にしたマンションであり、それらを感じられる演出がマンション内にちりばめられています。
その中でも特に異彩を放つのが、エントランスホール等に配された和紙を使った光壁です。京都の象徴でもある鴨川を代表とした清流をイメージして作られたこのオブジェは、京都の風格を伝える象徴として、京友禅の染匠である「木村染匠株式会社」がプロデュースしました。

京友禅とは

京友禅とは町人文化の栄えた、江戸時代の元禄期(1688~1704)に開花した染色技法です。
当時扇絵師として人気のあった、宮崎友禅斎の画風を着物の模様染めに活かしたことにより生まれたこの技法は、糸目糊を使って、隣り合う色が混じるのを防ぎ、多彩で細やかな絵画的表現を可能にしました。
有識文様や四季の草花など、華やかで上品な模様が特長です。

京友禅の総合プロデューサー「染匠」

京友禅は、出来上がりまでに15~20の工程を経てつくられます。
そのひとつひとつに高度な技術が必要であり、それぞれの専門職人が分担して担当します。
この全工程を取り仕切り、統括しているのが染匠です。
仕事内容は、発注先の意向に合わせた企画・立案から、加工法と職人の選択、配色の決定、金加工や刺繍の仕上げ指示など幅広く、現代で言えば総合プロデューサーのような存在です。

インタビュー「伝統産業の継承と発展」

木村染匠株式会社 代表取締役 木村信一

1949年 京都市生まれ、創業者 木村秋義の長男/立命館大学卒業後、木村染匠株式会社へ入社/1995年 代表取締役に就任/2005年 京都工芸染匠協同組合の理事長に就任/2011年 理事長職を3期6年務め、任期を終えて退任後 顧問/2012年 京都同志社女子大学 講師に就任

「きもの着るものばかりでなく」

私は、京友禅の染匠を生業とする家に生まれ、大学を卒業後にこの世界に入りました。
鮮やかな色彩の京友禅は、女性の着物として発展・継承されてきましたが、近代に入り、着物が日常的なものから、着る機会を選ぶものになり、生産量は減少の一途をたどってきました。
そんな時、視察で訪れたバリで伝統的な文様染めであるジャワ更紗と出会い、知人へのお土産にしたところ、その布は、友人宅にタペストリーとして飾られることになりました。
そこで、ふと閃きました。「京友禅も着物である以前にハギレじゃないか」と。

「新たな技術との融合」

日本文化の伝統美を受け継ぐ京友禅のキモノは、長い歳月を経て、現在へ受け継が制作工程は、優れた職人の技術力と、全ての工程を統括する染匠によって守られており、その手間暇がキモノが持つ独創性・芸術性を生み出しています。
この美しいキモノを ” 着るキモノ ” としてだけではなく、様々な分野へ活用していけたらと思い、この「京友禅硝子」は誕生しました。和装業界にありながら合わせガラス工場を持つ事により、染色表現だけにとどまらず、合わせガラス加工自体も意のままに表現することを実現。現在では、金箔・和紙・植物・羽根など、さまざまな素材を入れられるようになり、マンションの装飾や博物館での植物標本など幅広い業界でこの技術が使われています。工業硝子から工芸硝子へ、これからも日本の伝統美を継承、発展させていきたいと考えます。

「後世に技術を継承するために」

近年では携帯電話や海外向け商品のパッケージなど、様々なところで京友禅の技術を活用しています。
弊社はデザインの会社ではありませんが、京友禅を使ったデザインができる会社は世界でも弊社だけであり、ある意味世界一の会社だと自負しています。
伝統産業である京友禅に、現代で求められる価値を加え発展させていくことで、この美しい技術を後生に残していきたいと思います。

「ジ・アーバネックス」への想い

「ジ・アーバネックス京都河原町プレイズ」では、河原町という京都を代表する町に建設されるということで、手梳きの和紙と合わせガラスを使い、京都の清流を思わせる雅な意匠を制作しました。
担当者と何度も打ち合わせをし、サンプルを重ね、光の透過性など入念に計算された美しい意匠に仕上がりました。
建物が完成した際には、ご入居者様やそのお客様にぜひ実物をご覧いただき、京都の雅を感じていただけたらと存じます。
今後も河原町をはじめジ・アーバネックスとの取り組みのなかで、美しい伝統を未来へ残していきたいと存じます。